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2019年04月15日
◆伝承の「岩門城跡」である可能性が高まる!上田市古里の市指定史跡「岩門大日堂跡」地籍一帯!戦国時代に使われた可能性がある「土師質土器(ほじしつどき)」と呼ばれる素焼きの土器の破片を発見! 長野県 上田市
岩門城 説明会 城跡の可能性高まる2019
   【住民らが集った調査報告会。説明する和根崎課長補佐(手前)】

岩門城 古図 城跡の可能性高まる2019
   【天保15年 岩門村之図。ホリノ内、ウブヤ、馬場田など城に関係する地名がある】

 上田市古里の市指定史跡「岩門大日堂跡」地籍一帯が伝承の通り「岩門城跡」である可能性が高まった。

 上田市教育委員会と岩門城跡研究会(佐藤邦夫会長)は13日、同市古里の市指定史跡「岩門大日堂跡」地籍一帯を採掘。
 その結果、中世から戦国時代に使われた可能性がある「土師質土器(ほじしつどき)」と呼ばれる素焼きの土器の破片2個を発見。
 土塁をつくるときに設置した土留め石と石を覆うようにした粘土質の土や水田の下にあるような黒っぽい粘土質の地層も見つかった。

岩門城 堀 遺構発見、城跡の可能性高まる2019
   【岩門城 堀】

岩門城 土塁 城跡の可能性高まる2019
   【岩門城 土塁】

  
 同市教育委員会と同市は、同地積一帯が「有力者の城」があったと言い伝えられていることから「真意を確かめよう」と試掘抗調査を行った。
 試掘した場所は174年前、地元に残る古図に書かれている「ホリノ内」という堀の跡地とみられる一部。長さ3m、幅80㎝を試掘。

同市教委生涯学習・文化財課の和根崎剛課長補佐が、翌14日に説明会を開き、集まった岩門自治会の住民ら約80人に説明を行った。

 土塁・堀と推定される遺構が発見されたことから染屋台を統括するような有力者の屋敷があった場所と考えられ、伝承の通り「岩門城跡」である可能性が高まった。

 佐藤会長は「城跡だったという裏付けができてうれしい。今後は大日堂の前庭も試掘し、史跡公園にできれば」と抱負を語った。

◇  ◇

 岩門城跡は鎌倉時代後期、今から700年前のものではないかと言われ、東は断崖で守りに堅い眺望のきく場所。戦国時代、武田信玄の信濃侵攻により、主はどこかに消えてしまった。
 その後、岩門の住民が朽ち果てた城跡に「大日如来」を祭り、「大日堂」を建立したのではないかと言われている。
 この地籍は昭和44年、上田市の文化財の指定を受けた。

 文政7年(1824年)、活文禅師がこの大日堂に隠居し寺子屋を開いた。
 同10年、思想家、兵学者として活躍した松代藩士の「佐久間象山」が松代から通い「活文禅師」の教えを受けた所として有名。

[ 投稿者:東信ジャーナル社 at 17:55 | ●うえだニュース(旧丸子町・旧真田町・旧武石村を含 ]

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